犀星詩(shī)歌中的“杏”與“青魚”

はじめに

犀星詩(shī)における「杏」と「青き魚」を考える場(chǎng)合、その出生と生い立ちとを加えなければならないだろう。犀星の父は舊藩足軽組頭百五十石の祿を食んでいた小畠彌左衛(wèi)門吉種であり、母がそれに仕えていた若い女中である。犀星は生後一週間程で子育てを業(yè)としていた赤井ハツに貰われ、その內(nèi)縁の夫である真言宗雨寶院住職室生真乗の養(yǎng)嗣子となったのが七歳のときである。ハツの住居は雨寶院と隣り合わせであり、養(yǎng)子となっても「馬方ハツ」の綽名をもつ大女から、毎日のように罵詈雑言を投げつけられ、犀星は反抗し、爭(zhēng)い、心の休まる時(shí)とてなかったのである。生母は行方不明となり、名前さえ知られることはなかった。犀星の文學(xué)の原點(diǎn)は、生母への複雑微妙に屈折した思いであり、それはそのまま犀星文學(xué)の特質(zhì)を形づくっている。本稿では、犀星詩(shī)における「杏」と「青き魚」に焦點(diǎn)を絞って、犀星文學(xué)の解読を試みることにする。

１、杏

昭和７年春に家を新築したとき、犀星は杏を植木屋さんに植えてもらった。金沢の古い家の隅には、杏やすももの木などが必ずといってよいほど植えてあった。従って犀星も奧さんも杏の花や実を見ながら子供時(shí)代を過(guò)したのである。金沢でも今は相當(dāng)に山の奧までゆかないと、野生の杏の木は見つけ出せないということであるが、東京で杏の木を探すことは、家を新築した當(dāng)時(shí)でもたやすいことではなかったであろう。

新築の家の庭に杏の木が一本あるということは、そのことだけで犀星の強(qiáng)い郷愁のもとであったであろう。故郷の香りのするものは、杏の木のほかはなかったのである。奧さんもまた金沢生まれの人であったから、一本の杏の木をめぐる犀星と奧さんとの金沢への思いは共通であり、そこにひとつの救いのようなものが、あったにちがいない。

犀川中流の犀星碑に「小曲異情」その六「杏よ花著け地ぞ早やに輝け杏よ花著け杏よ燃えよ」が刻まれた。詩(shī)以外でも俳句（「あんずの香の庭深いふるさと」）や小説（『杏っ子』）でこの木を多く使用している。これらの作品に溢れた美しさはすべての傑作と同じく決して偶然の産物ではない。これらの作に漂うものは思春期の強(qiáng)烈な肉感であるが、その肉感そのものも一種抽象的な味わいがある。

生母についてはほとんど顔さえおぼえていないのだから、はじめから喪失してしまった故に、永遠(yuǎn)に満たすことのできないはるかな夢(mèng)であり願(yuàn)望である。彼には観念の中だけの生母のイメージが千変萬(wàn)化しながらも最初から理想的女性像として予定されていたのだ。杏は、はじめから喪失してしまった生母のイメージ、決してやってくることのない永遠(yuǎn)の理想的女性像であると思われる。生母のイメージは生涯を通じて杏を借りて表現(xiàn)される。

容貌に対する犀星の劣等感は度外れていて、自分の生涯的に嫌悪するのは容貌のほかのものではなかった（「容貌」）と述懐しているほどである。犀星が女性を外貌に執(zhí)著する存在としてみとめることは、じぶんの出生を醜い容貌という點(diǎn)に収斂しようとする特質(zhì)のとうぜんの反映でなければならない。犀星のじぶんに対する眼ざしはじぶんの容貌にねばりつく。すると意識(shí)は女の本性にとどくまえに鳥もちをかけられたように女の外貌におちてしまうといった按配である。杏には自分の容貌に嫌悪し、しきりに美しいものに惹かれている犀星の心が感じられる。杏は妻の美しかった頃の姿を初戀の人おえんなどと美しく織りなし書き殘すためにとった筆とも想像できる。

犀星にとっては、女の生命とは宇宙をかける一筋の光芒であり、その誰(shuí)も知らないはかない美しさを永遠(yuǎn)にとどめるのが杏である。杏を書くことは女性の美しさを書くことである。女性の美しさを書くことは、女性を愛することであり、ほろびるものを生かすことである。犀星は杏の中から驚きをもって、無(wú)限の文學(xué)の栄養(yǎng)を摂取する。やがて杏は描く対象であるだけでなく、作者自身の願(yuàn)望を託するものにもなった。そして、杏が世界そのものになり、作者自身にもなり、また、文學(xué)にもなった。犀星は杏を通じて女の美をつくり出す作者でありながら、詩(shī)という想像世界において女の美そのものにもなっている。

室生犀星という人は心と體で女というものをしみじみと味わい、愛した男性的な詩(shī)人である。（「蛇と魚」大庭みな子）私は生前の犀星に會(huì)ったことがないが、會(huì)わなかったことを殘念に思う。今、生きていたら、きっと訪ねていくだろう。彼の作品には、それほど女をおびき寄せる力がある。

２、青き魚

犀星には魚をうたった詩(shī)がたくさんある。「さくら石斑魚にそへて」の処女詩(shī)から、『抒情小曲集』には「白魚はさびしや」から「祇園」「魚とその哀歓」「夏の園」「合掌」など、「青き魚を釣る人」の「寂しき魚界」「凍えたる魚」「七つの魚」などの愛魚詩(shī)篇、「欅」「秋」「水の上の変」「斷章」「深更に佇ちて」など、『鳥雀集』の「冬草」「君の名を」、「望春詩(shī)集」の「鯉」「月」はじめ、その後の詩(shī)集にも『海』『べんべこ魚』『じんなら魚』など百篇以上に達(dá)する。小説も『魚と公園』『火の魚』『黃ろい船』そして『蜜のあはれ』にいたるまで、魚のイメージをモチーフにした小説は數(shù)十篇を數(shù)える。魚の話が出てくる小説、隨筆にいたれば數(shù)え切れないほどだ。

なぜ犀星がこれほどまで魚に関心を持ち、自分を青き魚にたとえたのだろう。犀星は魚になりたかったのだ。そして底深い淵の昏みの中に泳ぎ入りたかったのだ。青き魚のイメージの中に自分の悲しい出生と環(huán)境を屈折したコンプレックスを、故知らぬ深層意識(shí)を表現(xiàn)しようとする。そのイメージは犀星をなぜか理由がわからぬままに魂を戦慄させるものがあり同時(shí)に彼らに深い安らぎを與える。

室生犀星の「青き魚」に関しては、いろいろな見解がある。その中に代表的なのは、「魚は母への胎內(nèi)回帰願(yuàn)望の象徴」という奧野健男の論と、「魚が犀星の自己の心情を託したイメージである」、それは「意識(shí)以前あるいは未生以前からの欠落感を抱いて生きる「哀歓」を託した」ものと説く鳥居邦朗の論とがある。「胎內(nèi)回帰願(yuàn)望」「未生以前」はいささか文學(xué)的にすぎるようであるが、私の見解も二氏の所論に添ってのものである。

犀星にとって女中の子として生後七日でもらい子に出されてからは一度たりとも安息はなかった。記憶の底を安息をもとめて幼時(shí)退行しながらさかのぼって行くと、自然に生母の胎內(nèi)に入って行く。それ以外に彼にとって真に休める場(chǎng)合はないのだ。とすると魚は母への胎內(nèi)回帰願(yuàn)望の象徴である。女中の子として生まれ、名前もつけられずに人手に渡ったということによる劣等感は室生犀星という作者の意識(shí)の底に、死ぬまで澱のように淀んでいた。魚に犀星は「欠落感を抱いて生きる「哀歓」を託した」。しかし、その魚はどうしてほかの色の魚ではなく、青き魚だろう。

「あお」ということばは古くから使われていたが、色名として用いられた場(chǎng)合に日常生活では、かならずしも「みどり」と厳格に區(qū)別して使用されているとはいえない。これは現(xiàn)在の日常生活でもそうであって、たとえば、交通信號(hào)の「あお」が、みどり色であっても、「あお」と呼んであまり抵抗を感じない場(chǎng)合があるのは、それであろう。

青から連想されるものは、空、水が代表的なものであり、青が象徴しているものとしては、靜寂、涼しさ、深さ、さみしさなどがあげられる。青色を見たときの感じも連想、象徴とは無(wú)関係でなく、澄んだ、冷たい、強(qiáng)い、やや男性的などといったものであり、この感じは角形の図形の感じと類似している。このようなことから青は、寒色系の色に入り、ある意味では寒色系を代表する色といえよう。

青系統(tǒng)の色彩は一般的に人々に受容されやすい。色彩の好みの調(diào)査でも、青系統(tǒng)の色が上位を占める。したがって、青も人々にあまり嫌われない色といえよう。また青は赤などに比べ、同じ位置に置かれても、やや後ろにあるように見えるところから、後退色ともいわれている。だから、「青」という色彩を通じて、犀星は自分の悲しい出生と環(huán)境を屈折したコンプレックスを表現(xiàn)したと私は思う。ある意味では、出生と境遇の負(fù)い目に打ちひしがれた犀星のみじめさを擔(dān)うのは魚ではなく、「青」であるともいえるだろう。

犀星が魚に化身する。魚が犀星の心情を擔(dān)う。鳥ではなく、蟲でもなく、どうして魚に犀星は「自己の心情を託した」のだろう。「私の室になっていた腳高な縁側(cè)の下に市街を貫いた大きな犀川が流れている。そんな関係から魚の詩(shī)が多い」と後年、犀星自身の説くところからわかるように、犀星を育んだのが犀川である。ちなみに幼少期の體験から老荘哲學(xué)の影響も受けたと考えられる犀星であるが、『荘子』の第一篇は「逍遙遊」である。荘子は神秘的で美しい物語(yǔ)から始まった。「北冥有魚、其名為鯤；鯤之大、不知其幾千里也。化而為鳥、其名為鵬」。鯤という魚に荘子は自分の心情を託したと思われる。當(dāng)然ながら『荘子』から犀星はインスピレーションを受けたと斷言できないが、少なくとも少年時(shí)代の犀星は漢文から少なからぬ影響を受けたと推察できる。

多方面にわたる矛盾を內(nèi)包しながらも、魅惑に満ちた巨大な量産を成し遂げた犀星。その文學(xué)の淵源に至りつくのは並大抵のことではない。特に少年時(shí)代の犀星が、どのように文學(xué)に開眼していったのか不明なところが多くあった。このことについて、少なくとも徳

竜寺が、犀星にとって東京の新風(fēng)を喚ぎ、漢文に觸れ得難い場(chǎng)所であったことが推察される。そこは、雪深い北國(guó)の城下町から、首府という、はるかな空間へ通じる宇宙駅であったと言って良い。

犀星が亡くなってのち、「文蕓春秋」に、犀星の似顔絵があり、「金沢に行くと鮴料理を食べる楽しみがあるが、鮴を見ると犀星の顔を思い出すのである」という隨筆があった。実にそのとおりで、顎の張っていた犀星の顔は、ごついところがどことなく鮴に似ていると私も思う。犀星が生きていてこの文章を読んだなら、「実に面白いことに気がついたね」と、いうだろうと思う。

一度、金沢へ行って犀川のほとりを歩いてみたことがある。犀星という人はこんなところから出てきたのかと思った。晝ご飯に鮴の天ぷらというものも食べたが、犀星とはあの鮴という魚みたいに、ごつごつした人なのだろうとも思った。

本稿では、犀星詩(shī)における「杏」と「青き魚」に焦點(diǎn)を絞って、犀星文學(xué)の解読を試みた。その結(jié)果、生母への複雑微妙に屈折した思いが犀星の文學(xué)の原點(diǎn)であることが明らかになった。しかしながら紙幅の関係上、犀星の小説?隨筆の世界の深層構(gòu)造については議論の展開はできず、今後の研究を待つしかない。