楊智榕
(河北體育學院 政教系,河北 石家莊 050041)
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體驗教育是青少年道德品質培養的重要途徑
楊智榕
(河北體育學院 政教系,河北 石家莊 050041)
以習近平同志為總書記的新一屆中央領導提出的實現中華民族偉大復興的中國夢,更需要一代代具有堅定正確的人生觀、價值觀和世界觀的后人為之努力、奮斗,所以,加強對青少年思想道德和價值觀念的教育,關系到國家的未來和夢想的實現。青少年思想道德教育是構建和諧社會的必要條件,是使我國沿著有中國特色社會主義道路持續穩定發展的重要基礎,是中華民族崛起于世界之林的基本保證。
縱觀我國青少年的德育教育,常常是直接告訴學生這不能做那不能做,說教成分很大,而這樣的教育效果就顯得效果相對較小。因為學生沒有切身的體會,教師在對學生進行品德教育的時候,應該讓學生在參與體驗中受到教育,形成是非的判斷能力,要敢于大膽走出課堂,實踐證明,這種教育對學生正確價值觀的形成更有幫助,更符合教育的真實。這就是當前比較流行的體驗教育。
體驗教育是倡導以體驗為核心的學習教育方式,它旨在喚醒、開掘與提升學生的潛能,促進學生的自主發展;它著眼于學生的全面成長,促進學生認知、 情感、態度與技能等方面的和諧發展;它關注學生的生活世界和獨特需要,促進學生有特色的發展;它關注學生終身學習的愿望和能力的形成,促進學生的可持續發展。
幾十年來,我國在青少年思想道德建設上的投入是相當巨大的,從改革開放之初全國推行的“五講四美三熱愛”活動,到如今遍布全國各地的愛國主義教育基地、法制教育基地、消防安全教育基地、科普教育基地等,投入了大量的人力、物力和財力,并且組織形式、內容較改革開放之前都有了大的改變,首先,思想道德教育的目的性更明確;其次,思想道德教育的方式更具有組織性和有序性,思想道德教育的宗旨更為豐富,涵蓋了更多的人生觀價值觀。可以說,這種政府或學校主導的思想道德教育方式取得了很大的成效,例如有的學生在參觀了一所作為法制教育基地的少管所后,在作文里這樣寫道:“由于他們不懂法,或交了壞朋友,一念之差觸犯了法律,一失足成了千古恨,有什么比被剝奪自由更令人傷痛的?”還有的學生在參觀了科普教育基地之后,對學習基礎知識產生了濃厚的興趣。
但不可否認的是,隨著社會主義市場經濟的形成和互聯網的普及,現代的青少年有了更多了解世界、觀察社會百態的機會和窗口,一成不變的定期“組織參觀式”教育方法,已經越來越流于形式,難以抵御社會上流行的拜金主義、享樂主義和利己主義的滲透。據調查,相當多的中學生都把“參觀教育”當做一項課外活動,而不是作為修煉人性和價值觀的課程來對待,自然不會產生深刻印象,更不會順組織之意接受其指導的價值觀。一次次雷同的“參觀”既引不起學生的興趣,也達不到教育的目的,有些以培養學生素質為名的活動,甚至已成為“食之無味,棄之可惜”的雞肋。學生受社會化思潮的影響遠遠大于學校組織的各種教育活動,社會思潮的多元化、精神的空虛造成了可塑性和判逆性很強的青少年更容易遭受良莠不齊的觀念的影響,這些社會化的問題歸根結底都是市場經濟逐利的本質特征帶來的,對于成人都無法擺脫的利益魔力,青少年更難以抗拒其誘惑,不管是先進的、符合人性的還是反判的、違背基本道德的思潮,都會率先在追求個性和張揚的青少年中贏得市場。所以,要想占領青少年思想道德建設的高地,就必須改變現有機械的被動的教育模式,讓青少年真正地參與到各種社會實踐中。例如環保、水資源匱乏、安全、自然災害等鮮有涉及,即使有,也僅限于圖片式或視頻式的展覽,學生除了通過觀看展覽增加一些相應的感性知識外,既不了解問題產生的根源,也不懂得如何預防和制止。
面對新世紀的挑戰,對青少年的思想道德教育必須與時俱進,要發揮他們的主觀能動性,以“參與”代替“參觀”,以“行動”代替“觀看”。具體到操作方式上,就是讓青少年盡可能地少看展覽,多做實事,在社會實踐活動中掌握知識、培養人生觀和價值觀。例如,在進行環保教育時,可以安排學生參加污水處理廠或垃圾處理廠的日常工作,設身處地地見證環保工作的重要性;可以隨交通、城管等行政機關的執法人員一起上街執法,體驗他們的辛苦和勞累,用親身經歷來消除社會上一些人對執法者的誤解……總之,一定要讓青少年融入到社會中去,去做,去感受,去思想。
縱觀世界各國,無論是發達國家還是發展中國家,都極為重視青少年教育問題,培養優秀的、素質全面的人才是各國政府和教育界的共識。拋開基本的教育制度不談,僅以青少年性格塑造和價值觀導向上看,各國在具體操作上各有千秋,如美國對青少年的教育遵循“公民教育理論”,明確青少年作為一個美國公民應具有的基本價值觀,推行“品質教育”,將它細化在家庭、學校、社會等方面實施;法國等一些西歐國家推祟“公民教育”,強調本土文化的重要性,強化青少年的愛國主義和民族自豪感;日本則注重對青少年自主性和能動性的培養,強調“養成教育”,從小就培養學生做事情要親力親為,并隨著年齡的增長,逐步參與到各種社會實踐活動中。日本在20世紀80年代就已經有了類似的模式,目的就是培養青少年的生存能力、勞動觀念和集體協作精神,通過讓青少年參與家庭、社會和自然的種種實踐活動,充實他們的內心精神世界,養成積極向上的道德觀和價值觀,現代的日本人一般具有吃苦耐勞和拼搏奮斗的精神,和他們從小接受的這種教育是分不開的;德國因為二戰的深刻教訓,大力在青少年中開展“善良教育”;新加坡受中國傳統儒家倫理思想影響,以“忠、孝、仁、愛、禮、義、廉、恥”作為國家“好公民”的核心內容……新中國在建國初期,毛澤東主席就提出了要培養“德、智、體全面發展”的優秀人才,改革開放以后,又擴展為“德智體美勞全面發展的優秀人才”。毫無疑問,大力開展對青少年的體驗教育,是開展青少年教育的行之有效的教育方式之一,必須給予足夠的重視。我們要大力提倡青少年參與到社會實踐活動中來,以創新的姿態投身到社會主義建設的偉大征程中去。開展體驗教育,不僅要依靠政府和學校,更需要社會方方面面的部門配合、協調,只有全社會形成了合力,才能為青少年的思想道德教育開通一條光明的大道。

劉崇德1,許超杰2
(1.河北大學 文學院,河北 保定 071002;2.華東師範大學 古籍研究所 上海 200241)
要 旨:本文は二巻本の『詞源』の流布と記録の狀況の考察及び元起善の抄本の『詞源』と『事林広記』などの本の関係の比較によって、詞曲音楽の資料に関する『詞源』巻上が張炎の原本ではなく、後代の人が『事林広記』などその種類の本を抜き書きして張炎の『詞源』に仮託した本だと考える。二巻本の『詞源』巻下は張炎の『詞源』の原本だと思う。
キーワード:元起善の抄本;『詞源』巻上;『事林広記』の抜き書き;仮託の本

田玉琪
(河北大學 文學院,河北 保定 071002)
要 旨:「百家詞」の林大椿校勘本は呉訥の「百家詞」の現代流行版式である。「百家詞」への林氏の主な貢獻は、史上初めて「百家詞」の編集者、編集や抄録の時代、體例などについてより全面的な考証を行い、ある程度の研究基礎を築いたのである。そしてその校勘によって、間違いだらけの原抄本を「全編も朗読できるような」版本となった。一方、その欠陥は詞籍校勘法の伝統?附列校記の法を守らなかったのである。「百家詞」の校勘においては、様々の異本の異文に対して自分の理解したように改定し、恣意的な拠所のない文字が多く存在しているのである。それは、林氏が自ら制定した「校勘標準七例」に背いたばかりではなく、呉訥「百家詞」の下の內容をも大いに失わせた。それを利用して他の詞集を校勘すれば、「殊更拠に足らざる」のであろう。
キーワード:林大椿;「百家詞」;呉訥;校勘

李金善,高文霞
(河北大學 文學院,河北 保定 071002)
要 旨:『詩経』宋學と現代『詩経』學は、『詩経』學史における二回の極めて重要な転換である。その二回の転換はみな、「序」を廃する威勢の大いなる運動と伴い、、その運動の主旨及び『詩経』への新たな解釈方式の構築が『詩経』宋學と現代『詩経』學の形成に影響を與えた。廃「序」運動は『詩経』學の転換を推進した。
キーワード:「序」を廃する運動;『詩経』學;『詩経』宋學;現代『詩経』學
健康文化論
「健康文化理論研究」プロジェクトチーム
要 旨:健康文化が健康行為を導き、健康の行為によって健康が得られる。我が國の悠久なる養生文化の伝統は、現代健康文化を構築する重要な思想の資源であり、人々の健康要望は健康文化を構築する強力な內的原動力である。健康文化の構築と伝播は文化の大発展と大繁栄の需要であり、さらに健康事業の促進、人口大國から人力資源大國へ転換する重要な基礎でもある。本文は以下のように、健康文化の三大核心理念を打ち出した。即ち健康は人間の基本的な権利であり、健康は幸せな生活の基礎であり、健康は重要な人的資本である。健康文化の主な內容を健康な観念、健康の行為と健康の制度と、三つの面に帰結し、治療よりも予防、養心至上、自然従順、知行合一、飲食合理、衛生重視、労逸適度、ルン道適當、健康制度といった9つの面に要約した。
キーワード:養生文化伝統;健康文化;健康観念;健康行為;健康制度
獨立、協力と責任追求の可能
——中國食品安全監理體制改革の道への探索
馬英娟
(上海師範大學 法政學院,上海 200234)
要 旨:中國の食品安全監理體制は大體、次のような三つの発展段階を経過した。計畫経済期の「食品の生産と経営の部門を主とし、衛生部門を補足とする」食品管理體制、計畫経済から市場経済への過渡期の「衛生部門が指導し、多部門が共同で責任を負う」の混合管理體制、市場経済體制確立後の「多部門が分業して擔當し、統一して協調する」食品安全監理體制。その過程において、中國政府が食品安全監理機能への認識は次第に深め、「食品衛生管理」から「食品安全監理」への転換が実現された。食品安全監理機関の設置もより科學的で、監理機関の獨立性と責任追求の可能性が重視されている。食品安全監理権の配置は徐々に完備し、「段階監理」を中心としたことから「品種」で監理の権限を分けるように転換した。食品安全監理部門の間の協調と協力が日増しに強調され、政府、企業と社會の協力管理も重視された。
キーワード:食品安全管理體制;食品衛生管理;食品安全監理;協力管理

郭書彩,李娜,徐瑞華
(河北大學 公共外國語教育部,河北 保定 071002)
要 旨:本研究は英米の大學生の作文コーパス(LOCNESS)と中國の英語學習者のコーパス(CLEC)に基づき、中國の英語學習者が英文で書くときに用いた例証語「for example」の特徴を調査した。研究によれば、中國の英語學習者は使用頻度においても使い方においても母語話者とはっきりと區別した特徴を持っているとわかった。
キーワード:コーパス;例証語;for example;LOCNESS;CLEC
「後羿射日」への考察と分析
——『尚書·胤徴』の冤罪も兼論
劉世明
(山西大學 文學院,山西 太原 030006)
要 旨:「後羿射日」は古代我が國の有名な神話の一つである。しかし、それを巡って諸説がある。例えばゲイが9つの太陽を射落とす、ゲイが9つの烏を射落とす、ゲイが二人いる、などである。しかし、これらのどれひとつも歴史の事実ではなく、その神話の真の出処は「尚書·胤徴」篇における羲和の冤罪である。実は、羲和は酒に溺れる人ではなく、正直な忠臣である。後羿が君主の地位を奪い取ろうと、天文を司る羲和は彼に頒暦しなかった。そのとき、突然日食現象が起きて、「君は弱くて臣は強い」との噂が盛んになった。後羿は恐れて民心を安定させようと羲和に冤罪を被らせ、羲和を討伐せよと胤候に指示した。射は斁を指す;日は日食を指す。射日神話の源は実は後羿が日食の噂を嫌悪することであり、この後は胤候が羲和を射殺したことから後羿射日の神話になった。この過程において中華民族の深い文化の內包、例えば英雄崇拝の心理、民族融合の需要、平和安定の願いなどを含めている。歴史の國賊が神話の英雄まで進化し、これこそ社會の調和の體現である。
キーワード:後羿射日;羲和;冤罪;文化內包
どうして「ハッピーエンド」ではないのか
——魯迅、張恨水の小説の悲劇の結末について
薛熹禎
(北京大學 中文學部,北京 100871)
要 旨:結末は全體蕓術の重要な一環で、作者の思想の凝集でもある。結末が作家の創作の意図の探究と作家の蕓術の腕前を評価する一つの重要な物差しであるため、良い文學作品にはいつも丹念に設計された結末がある。中國の古代小説において、主人公はよく偶然の要素によって、悲劇から喜劇になってハッピエンドを得られた。しかし、魯迅と張恨水は小説の結末の処理に対して、そういうハッピエンドのモードを捨て、悲劇的な結末が好まれている。彼らは、作品が真実の土壌の中に根を下ろすべき、結末が人物の性格と物語の筋の発展の客観的な論理にふさわしいはずだと考えた。ハッピーエンドは本當の人生體験ではなく、バッドエンドは情緒を動かしやすいため人心をよりよく震撼させられる。二人はともにハッピーエンドを捨てたが、その裏にある考えは大いに異なる。魯迅は結末の思考の中に「ごまかしと騙し」というハッーピエンドが好みの國民性の批判、「歩く」という個人的な人生哲學を入れた。張恨水は現実の人生と読者の好奇心から始め、巧妙の蕓術の筋の構想の中に結末をつける。とにかく、二人の蕓術構想と結末に対する処理は知らずに読者たちにある影響をもたらした。
キーワード:魯迅;張恨水;雅俗文學;ハッピエンド;悲劇蕓術;美意識の想像
【日文翻譯 張如意】
G416
A
1005-6378(2015)01-0157-02
10.3969/j.issn.1005-6378.2015.01.33