一、はじめに
外國語を學習するなかで、語彙の勉強は重要な一面である。中國語が母語である日本語學習者にとって、日本語の漢語がとても強みになる。しかし、その反面、日本語と中國語とはまったく違う言語なので、中國語は、日本語を學習することを妨げる要素になることも無視できない。この研究ノートは、日本語の語彙學習について、特に二文字の複音節の語彙を中心に、日本語の語彙と中國語の語彙との相違を比較し、日本語の語彙を習得する際の問題點をまとめたうえで、中國人學習者の誤訳、誤用の例を分析して、語彙に関する教育の重要性も指摘してみた。日本語と中國語とはほぼ同じ漢字を用い,発音は異なっても,同じ単語を共通の意味で用いる場合が多くあることから,中國人の多くは日本語に親近感があり,日本語は難しくないと思い込んでいる感がする。毎年中國國內で行われている教師,醫者,公務員などを対象とする職位認定の外國語試験で,外國語のできない人達が日本語の試験を受け,見事に合格する話をよく耳にする。また,近年中國では日本語の學習者が増えているが,初級クラスに入る人達は多いものの,中級や高級に進級できる人達は少ない。これは日本語の會話をできる人は多いが,日本語に精通する人は少ないのがその現狀なのである。この原因は大學の日本語科でも,日本語を甘くみているということで,いろいろな問題が生じているのではないかという感がするのである。このことから本稿では,中國人が間違えやすい日本語から特に名詞,形容詞,動詞を取り上げ,その原因について考えてみることにした。
素材としたのは,主に筆者が勤めている延辺大學科學技術學院日本語學習初級,中級クラスと,日本語科の一,二,三年生の學生を対象に,日本語の學習過程の中で書いたり,話したりしたものである。これらの誤用例を調べ,その原因を考えることにより,今後の日本語教育に役立てようとするものである。そして,學生たちの誤りを理解する過程で誤用の原因を正しく理解させることによって,學生たちが同じ間違いを繰りかえさないように指導していきたいと考えている。
本稿は中國語を母語とする日本語學習者(以下「學習者」)の會話データに見られる格助詞に関する問題點について論じたものである。本稿で扱う會話データは中國の魯東大學の日本語學科で日本語を學ぶ學部生を対象に収集したものである。まず,本稿で,取り上げた名詞に関する誤用例であるが,日本語も中國語も漢字を用いているためなのか,學生たちは漢字を日本語だと思う意識が弱いため,中國語の漢字を日本語として使用するという間違いを犯しやすい。ここで取り上げた漢字の間違いは,會話の時間に間違えて話したり,短文を作ったりした際に多く見られたものである。
次に,形容詞であるが,本稿では,中國語では日本語と同じように「形容詞+名詞」の語順で連體修飾することができるが,仲介役の「的」を使わなければ言いにくいことから生じた誤用例,「?と思う」や「?と考える」の前に置かれた形容詞に「だ」を付けたために間違った例,形容詞の連體形に「な」を付けた誤用例,形容詞の過去形に関する誤用例,「細い」,「細かい」,「かわいい」「わかい」など漢字が同じであったり,音が似ていたりすることによって生ずる誤用例などをあげ,若干の説明を加えた。最後に,動詞に関する誤用例をあげたが,目的格「を」を必要とする他動詞を用いるべきところに自動詞を用いた誤用例,時制を間違えた例,動詞語尾活用の表記に生ずる誤用例,「知る」と「分かる」,「住む」と「泊まる」,「見る」と「會う」などのように中國語では一語で表わせるために日本語の単語を區別するのが難しいことが原因となって生じた誤用例について觸れ,つぎに,その一つ一つについて具體的に見ていくことにする。
今回収集したデータを見る限り、學習者の誤用は有対動詞の自動詞形と他動詞形を間違えるという形態論的なものよりも、「日本語が(→を)1) 勉強します」、「成績がぐんと上げた→(上がった)」、「負擔を減軽される→(が軽減する)」のように、日本語で自動詞形の方が自然な場合に他動詞形が使われる例が多く見られた。さらに、自動詞形の「感動する」が使われるべきところに受身形の「感動される」や使役形の「感動させる」が使われる例も見られた。本稿はこれらの現象について若干の記述と考察を行うものである。
二、名詞
日本語も中國語も漢字を用いる言語であり,(地理,計算,速度,音楽)のようにまったく同じ単語を用いる場合もあるが,ここでは,中國語で日常的に用いられている単語であるために,それがそのまま日本語であると思うことにより生じた誤用例をあげていくことにする。
1(誤)あの先生の出身は美國ですか。
(正)あの先生の出身は米國ですか。
中國語では,米國,アメリカを美國(メグ)と言うところからこのような誤用が生じた。
2(誤)お花では,どんな顔色が好きですか。
(正)お花では,どんな色が好きですか。
中國語では,赤,黃,青,緑,紫などの色を表わす場合に使う語は「顔色」であるが,日本語の「色」を意味するのに生じた誤用例である。
以上2例を取り上げてみたが,実際にはこの他にも多くの間違いがあった。ここで問題にした例は,誤用例の中でも,比較的頻繁に見られたもので,中國語としては一般的に用いられるが,日本語としては間違いであると言うものを選択した。
三、形容詞
1(誤)日本語の難しいな點は助詞だ。
(正)日本語の難しい點は助詞だ。
これは「靜かな」,「きれいな」のような形容動詞の連體形の語尾「な」を形容詞に間違えて付けた例であろう。この「な」は,形容詞ばかりでなく,次の例のように,連體詞にも間違えて用いることがある。
2(誤)日本語は私にとってはやすいです。
(正)日本語は私にとってはやさしいです。
「やさしい」も「やすい」も形容詞であるが,「やさしい」と「やすい」の発音が似ていることや「~しやすい」の「やすい」との混同が原因であろう。
○ 日本語は英語より少しやすいです。
○ 日本語は中國人にとって,やすい外國語です。
四、動詞
1(誤)生まれてから高校まで,おばあさんは,私を育ちました。
(正)生まれてから高校まで,おばあさんは,私を育てました。
これは目的格「を」を必要とする他動詞のところに自動詞を使った誤用例である。日本語の自動詞,他動詞の區別がしっかりできていないのが原因であろう。
○ 先月,彼らには男の子を生まれました。
○ 早く寢て體を休みましょう。
2(誤)昨日読む本は面白かったです。
(正)昨日読んだ本は面白かったです。
これは,中國語には,動詞語尾活用によって,時制を表わす表現はないことから生じた誤用
例だと言える。
○ 先生に會えば,よろしく伝えてください。
○ 日本人はご飯を食べるとき「ごちそうさまでした」といいます。
3(誤)私は日本語で歌を歌いことができます。
(正)私は日本語で歌を歌うことができます。
これは,「歌う」という動詞の終止形を正しく理解していないために生じた誤用例である。
これは,中國語と日本語が同じ漢字の動詞を使うことから生じた誤用例である。中國語の「作」と日本語の「作る」は,同じ漢字を用いても,その內容がかなり違うものである。日本語での「宿題を作る」は,先生が學生のために「宿題としての問題を制作する」という意味になる。先生の出した宿題について,その答えを考えたり,書いたりするのは,中國語では「作」を用いるが,日本語では,「宿題を作る」とはいわず「宿題をする」,「宿題をやる」というべきである。
參考文獻:
[1]庵功雄(2008)「漢語サ変動詞の自他に関する一考察」『一橋大學留學生センター紀要』第11 號,pp.47-63.
[2]張威(1998)『結果可能表現の研究』くろしお出版.
[3]守屋宏則 中國語文法の基礎45~47頁 東方書店 1995. 2.
[4]金若靜著 同じ漢字でも 80頁 學生社 1987. 1.
[5]文化庁 「ことば」シリーズ7 言葉に関する問題集 59頁 1977. 3 .