徐春波
(吉林省四平市第三高級中學校 吉林四平 136001)
慣用句における日本語と中國語の「足」の意味をめぐって
徐春波
(吉林省四平市第三高級中學校 吉林四平 136001)
日語和漢語里都有"慣用語",關于人體的慣用語比較突出。本文只是將日、漢語中關于"足"的慣用語在意義、表現形式、構成形式上的相同點和不同點作以比較。
慣用語 足 意義 表現形式
日本語と中國語は別々の言語體系に屬する、この二種類の言葉の中で関連する面もあるし、相違する面もある。だから、この文章の中で慣用句における日本語と中國語の「足」の意味をめぐって、その主な用法を探ってみようとするものである。
慣用句というのは一般的には二つ以上の語や文節が固く結合して、その一続き全體が個々の意味の和と異なる単純な意味を表す連語を指す。その特徴は意味の単純性と構成の緊密性、大衆化の言葉、比喩が多い事、謎めいたようだ。
その慣用句は中國語に訳せば、「成語、熟語、慣用連語」という。簡潔、大衆化、意味が深い、定型的だなどの特徴を持っている。
足(腳) 読音:あし(訓読) キャク(音読)
日本語におけるその意味:
①動物の胴から、下(先)に分かれて、伸びた部分。體全體を支えたり、これを使って體を進ませたりする役をなす。[狹義では、足首から先の部分、すねに対して直角に曲がる部分を指す。]◆?をいれる。?を出す。
②臺を支える部分。◆機の?。 ③歩くこと。◆?が早い。
④かけ(て來)ること。◆?が遠のく。⑤[こねた時の粉やもちの]粘り。
中國語におけるその意味:
足(一)(1)腳;腿。(2)器物下部形狀象腿的支撐部分。
(二)(1)充足,足夠。(2)夠得上某種數量或程度。
(3)足以(多用于否定式)。
このように「足」の日本語と中國語の意味から見れば、「足」は日本語も中國語も「腳、腿」という意味を持っている。しかし、その相違點がある。日本語には③④⑤の意味を持って、中國語にはないが、中國語には「足」は「十分、足りる」という意味を持っている。日本語にはない。
?日本語と中國語の慣用句の意味が同じで、そして相対応である。
ⅰ抜き足差し足/躡手躡腳
日:抜き足と差し足で、音のしないように歩くこと。
◆抜き足差し足でガラス戸へ近寄ると、カーテンの隙間へ片目をあてがった。
中:躡手躡腳——形容走路時腳步放得很輕。
★她躡手躡腳地走過去,嚇了同桌一跳。
ⅱ馬腳を表す/足を出す/露馬腳。
日:とりつくろっていた正體が現れる。
◆その汚職事件は土地の売買の件でした馬腳を表したのだ。
中:露馬腳——比喻無意中露出真相。
★說謊早晚總要露馬腳。
ⅲ足も空/手忙腳亂
日:てんてこまい(する)。
◆息子が交通事故だと聞いて足も空に病院へ駆けつけた。
中:手忙腳亂——形容做事慌張,忙亂,沒有條理。
★我手忙腳亂地把屋子剛收拾完,她就領著人走進屋里來了。
ⅳ手足を置くところなし/手足無措
日:手足の置くところを知らず、取り亂して、どうしてよいかわからない。
◆授業中で、彼は急に先生から名を呼ばれて手足を置くところなし、立っていた。
中:手足無措——手腳都不知該放在哪好了,形容慌張得不各如何是好。
★上自王后,下至弄臣,看見這情形,都不由覺得手足無措。
このような慣用句は、その「足」の意味は日本語でも中國語でも変わらない。そして、日本語には「足」にかける慣用句は中國語にはその慣用句に対応して「足(キャク)」に関する慣用句を見付けることができる。
?中國語には「足」に関する慣用句は日本語に訳せば、その慣用句は「足」と関係がなくなる。次はこの二種類の言語を対照しながら、いくつかの例文を見てみよう。
ⅰ.一失足成千古恨
中:失足指失腳,比喻墮落或犯嚴重錯誤,比喻一旦犯了嚴重錯誤或墮落,就成為終身的恨事。
★這姑娘愛慕虛榮,禁不住別人的誘惑,一失足成千古恨,終于鑄成了大錯。
日:一期の不覚、地欲は壁一重。
ⅱ.千里之行,始于足下。
中:一千里的路程是從邁第一步開始的,比喻事情的成功都是由小而大逐漸積累的。
★任何事情都要從一點一滴的小事開始做起,古人說:“千里之行,始于足下”是很有道理的。
日:五重塔も下から組む
◆五重塔も下から組むというから、こつこつやっていかなければならない。
ⅲ.百足之蟲,死而不僵。
中:用以比喻人雖死去,他的勢力或影響仍然存在。
★錢家雖然沒落了,但百足之蟲,死而不僵,那僅有的一點點家私也足以使他們悠哉游哉地過活。
日:古川に水絶えず
?その慣用句の意味が同じであるが、その表現形式が違う
⑴足を洗う。
日:よくない仕事を止めたり、悪い生活態度を改めたりする。
◆もう悪いことはいたしません、今日かぎり足を洗うことにしました。
中:洗手不干。
★這個利欲薰心的投機倒把分子,怎么肯洗手不干,就此罷休呢?
⑵足騒ぎが取れない。
日:もがいても自由に動けない、また苦しい立場におちいり、そこから抜け出そうとしても方法や手段がなくて、どうすることもできない。
◆こうなった以上、もう足騒ぎが取れなくなったから、どうか助けてくれたまえ。
中:束手無策
★王剛正在束手無策的時候,得到二位老師的幫助。
⑶手取り足取り。
日:細かいところまで、相手によく理解させるように丁寧に教える様子。
★手取り足取りして親切に教える。
中:手把手地
★多虧假期里他手把手地教我扎風箏,終于能獨自扎成了。
このように、日本語と中國語の慣用句は意味は同じであるが、その表現の形は違う、日本語には「足」からできた慣用句は中國語には「手」になる。
日本語のに関する慣用句から見れば、動詞慣用句が全體の半分以上を占めている。その中でも「NヲV」の形式が最も多く、他はほとんどが「NがV」「N=V」の形式である。形容詞慣用句と副詞相當の慣用句もあるが、さほど多くない。そして、形式の上から見れば副詞相當の慣用句は動詞慣用句からの転成と見做すことができよう。
中國語には一般的に四つの文字の慣用句である。構成形式と言えば「并列詞組」、「偏正詞組」、「主謂詞組」、「動賓詞組」などがある、その中で「并列詞組」が最も多い。
とにかく、に関する慣用句は日本語と中國語には意味の上相対するものもあるし、意味と形式の上相対するものもある。対訳する時、必ず注意しなければならない。そして、日本語の慣用句も中國語の慣用句も簡単に地面だけから受け止めてはいけない。
《新明解國語辭典》